東海道五十三次ってなに?ルートから距離、浮世絵まで徹底紹介

東海道五十三次

「東海道五十三次」という言葉は聞いたことがあっても、詳しい中身について何も知らないという人は少なくないはずです。

そこで今回の記事では、東海道五十三次の概要や誕生のいきさつ、ルート、距離、さらには浮世絵として描かれ大ヒットした背景など、いろんな切り口から紹介したいと思います。

1.東海道五十三次の誕生と名前の由来について

「東海道五十三次」とは、江戸と京都を結ぶ東海道にある53の宿場を指す言葉です。

関ヶ原の戦いで覇権を握った徳川家康は、政治支配力を強固なものにするため、江戸の日本橋を起点とする5つの陸上幹線道(五街道)の整備に着手しました。

その5つの街道の中で最も重要視されたのが、行政の中心である江戸と京の都を結ぶ東海道でした(残り4つの街道は中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)。

家康は重要な幹線道路である東海道に、公用の使者や荷物を無料で次の宿場まで送り継ぐ伝馬制度を設けました。

必要な人馬は宿場が用意しますが、輸送範囲は隣の宿場までと定められており、隣の宿場に着くたびに荷物を新しい人馬に積み替えて運ぶ仕組みでした。

その後寛永元年(1624)の時点で53カ所の宿場が東海道沿いに整備されましたが、江戸から京まで荷を運ぶと計53度も継ぎ替えがあることから、俗に「五十三次」と呼ばれるようになったわけです。

やがてそれぞれの宿場を中心に宿場町が栄えるようになり、旅籠、茶屋、商店などが立ち並びました。東海道の53の宿場には、合わせて3000軒近くの旅籠(はたご)があったと言われています。

2.東海道五十三次の距離とルートを知ろう

東海道はスタート地点が東京の日本橋、ゴールは京都の三条大橋です。ほぼ現在の国道1号線に沿っていますが、東京〜横浜間、静岡県内、京都市内などは当時と異なる所も多々あります。

距離は約492km。江戸時代の人たちは、この長い道のりを約半月近くかけて移動していました。単純に距離を日数で割ると、1日当たりの平均歩行距離は約33〜38km。

歩く速度を早足の時速5kmで計算すると、毎日平均7時間前後は歩くことになります。

道中には箱根の山越えなど上り坂の難所もある上、木曽川、長良川、揖斐川などの大きな河川が大雨で増水すると、数日にわたって足止めを食うこともありました。

その分平坦な道が続いて天気が良い時には、半日かけて50km以上歩き通す人もいたと思われます。では53の宿場がそれぞれどの辺りにあったのかを、各宿場間の距離と合わせて下記に記しておきます。

 

宿場名

所在地

次の宿場迄の距離(km)

  江戸(日本橋)

東京

中央区

7.9

1

品川 品川区

9.8

2

川崎

神奈川

川崎市

9.8

3

神奈川 横浜市

4.9

4

保土ヶ谷 横浜市

8.8

5

戸塚 横浜市

7.9

6

藤沢 藤沢市

13.7

7

平塚 平塚市

2.9

8

大磯 中郡

15.7

9

小田原 小田原市

16.6

10

箱根 足柄下郡

14.8

11

三島

静岡

三島市

5.9

12

沼津 沼津市

5.9

13

沼津市

11.8

14

吉原 富士市

11.2

15

蒲原 静岡市

3.9

16

由比 静岡市

9.2

17

興津 静岡市

4.1

18

江尻 静岡市

10.6

19

府中 静岡市

5.7

20

丸子 静岡市

7.9

21

岡部 藤枝市

6.8

22

藤枝 藤枝市

8.7

23

島田 島田市

3.9

24

金谷 島田市

6.5

25

日坂 掛川市

7.1

26

掛川 掛川市

9.6

27

袋井 袋井市

5.9

28

見付 磐田市

16.5

29

浜松 浜松市

10.9

30

舞阪 浜松市

5.9

31

新居 湖西市

6.5

32

白須賀 湖西市

5.8

33

二川

愛知

豊橋市

6.1

34

吉田 豊橋市

10.3

35

御油 豊川市

1.7

36

赤坂 豊川市

8.8

37

藤川 岡崎市

6.7

38

岡崎 岡崎市

15.0

39

池鯉鮒 知立市

11.1

40

鳴海 名古屋市

6.5

41

(熱田) 名古屋市

27.5

42

桑名

三重

桑名市

12.7

43

四日市 四日市

10.8

44

石薬師 鈴鹿市

2.7

45

庄野 鈴鹿市

7.9

46

亀山 亀山市

5.9

47

亀山市

6.5

48

坂下 亀山市

9.8

49

土山

滋賀

甲賀市

10.6

50

水口 甲賀市

13.7

51

石部 湖南市

11.8

52

草津 草津市

14.4

53

大津 大津市

11.8

  京(三条大橋)

京都

京都市

3.江戸時代の風情が残る!東海道五十三次の名所4選

東海道の道中には風光明媚な場所や名所旧跡が多く、参勤交代の大名をはじめ、幕府の役人や商人、お伊勢参りの旅人などで賑わっていました。

旅人は道中で名物料理に舌鼓を打ったり、土地の名産品を購入したり、寄り道をして物見遊山を楽しんだりしたことでしょう。

今でも当時の面影をしのばせるような、風情のある建物や美しい景勝地が東海道の所々に残っています。ここではその中から4つ選んでご紹介します。

3-1 箱根越え(神奈川)

正月の箱根駅伝でもおなじみの上り坂は、江戸から京を目指す旅人の前に立ちはだかる最初の難関です。頑張って上りきると、ご褒美のように芦ノ湖、相模湾、富士山などの絶景が目の前に広がります。

七曲の坂を越えた所にある「甘酒茶屋」は江戸時代から続く老舗で、旅人の気分で休憩するには最適です。隣には「箱根旧街道資料館」があり、無料で見学できます。

3-2 蒲原宿(静岡)

なまこ壁、格子のある家やクラシカルな洋館などが連なり、風情ある街並みが魅力の蒲原宿は、鎌倉幕府のもとで整備された古い宿場の一つです。

国の登録有形文化財である志田邸、旧五十嵐歯科医院をはじめ、旅籠、商家、名主の住宅など多くの見所があり、散策にはもってこいです。

3-3 岡崎宿(愛知)

徳川家康誕生の地であり天下取りの足がかりにもなった岡崎宿は、東海道の中でも3番目に規模の大きな宿場町です。

見所は「岡崎27曲がり」と言われる曲折した街道で、家康が産湯に使った井戸が残る「岡崎城」や「大岡越前守旧邸跡」「大平一里塚」など、歴史好きにはたまらないスポットが点在しています。

3-4 関宿(三重)

日本の道百選の一つでもある関宿には、江戸後期からの建物が200棟近く残っており、当時の面影が色濃く残った街並みは重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

約2kmにわたって続く情緒豊かな街をぶらぶらと散策するだけでも、江戸時代にタイムトリップした気分にどっぷりと浸れます。

4.浮世絵作品としての「東海道五十三次」

「東海道五十三次」と聞いて多くの人が脳裏に浮かべるイメージは、やはり歌川広重の描いた浮世絵の世界でしょう。

広重は東海道を描いたシリーズを生涯に20種以上制作していますが、最大の傑作と言われているのは、天保4年(1833)に大判(約39cm×27cm)サイズで発売された保永堂版の『東海道五十三次』でした。

53の宿場に出発地の日本橋と終点の京を加えた55枚構成の『東海道五十三次』は、遠近法や立体的な描写を駆使したクオリティの高さと大胆な構図、叙情的な独特の世界観、そして“ヒロシゲブルー”と呼ばれた青が基調の鮮やかな色使いが特長です。

広重の作風は19世紀フランス印象派の画家たちや、アール・ヌーヴォーの芸術家たちに大きな影響を与え、ゴッホは広重の作品を何度も模写したと言われています。

そして気軽に旅ができなかった当時の一般庶民にとっては、憧れの外界を垣間見ることのできる貴重な機会にもなったため、『東海道五十三次』は日本美術史上空前のベストセラーとなり、広重は一躍浮世絵界の寵児となったのでした。

5.まとめ

いかがでしたでしょうか。

昔の旅人のように五十三次の全ルートを一気に踏破するのは、時間的にも体力的にも容易ではありませんが、何日かに分けて各宿場の史跡を訪ね歩くツアー企画は、ネット上でいくつも見つけることができます。

興味を感じた方はぜひトライしてみてはいかがでしょう。

東海道五十三次