7つの世界遺産を生んだ天才ガウディとは?
その生涯と作品に迫る

ガウディ

皆さんはスペインの伝説的な建築家ガウディをご存知でしょうか。 未完の大作「サグラダ・ファミリア」の作者として名前は聞いたことがあっても、詳しいことはよく知らないという方がほとんどかも知れません。

そこで今回の記事では、建築界の世界的レジェンドであるガウディの生涯と主な作品、彼が遺した名言などをご紹介します。

1.ガウディの生涯「病弱の幼少期から建築学校卒業まで」

出典 https://en.wikipedia.org/wiki/Antoni_Gaud%C3%AD

スペインには現在世界で三番目に多い46の世界遺産がありますが、その中で唯一個人名の付いた世界遺産が「アントニオ・ガウディの作品群」です。教会、公園、邸宅など7つの建築物で構成されています。

ガウディは1852年、スペイン・カタルーニャ地方でで銅細工師の三男として誕生しました。

病弱だった幼少期から建築への興味がめばえていたようで、クリスマスの時に一風変わった紙細工の家を作ったという逸話が残っています。

また、父親の工場で鉄板が立体加工されるのを見るのが好きで、卓越した立体感覚は子供時代に養われたと言われています。

16歳の時に、医学生だった兄を頼ってバルセロナの建築学校に進学。建築現場でアルバイトをしながら苦学を続けました。

その間、病気で兄と母を相次いで失うなど悲しい時期もあったものの、1878年に学校を卒業。晴れて建築家としての道を歩み始めたのでした。

2.ガウディの生涯「揺るぎなき名声と失意の中の事故死」

建築家となったガウディが、ある顧客の依頼でパリ万博用にショーケースを制作したところ、一人の大富豪がこの作品に一目惚れしました。実業家で後に国会議員にもなるグエル伯爵です。

グエル氏はさっそくガウディに仕事を依頼。以後40年近くパトロンとして彼を支援し続けます。

後でご紹介する世界遺産の「グエル邸」「グエル公園」「コロニア・グエル教会」は、いずれもグエル氏が施主としてガウディの才能を存分に発揮させた傑作です。

1883年には、前年に着工していた「サグラダ・ファミリア」の2代目主任建築士に就任。自ら設計を大幅に変更し、ライフワークとして長年心血を注ぎ続けます。

また「カサ・ミラ」「カサ・バトリョ」など、数々の後世に残る作品も並行して手がけ、名声は揺るぎないものとなります。

しかし、晩年には最大の支援者グエル氏が亡くなり、サグラダ・ファミリアの建築も費用面の問題で遅々として進まなくなりました。

そして悶々とした日々を過ごしていた1926年6月7日、教会へ向かう途上で路面電車に跳ねられ、3日後に74年の生涯を閉じました。

彼の遺体は今も、人生を捧げたサグラダ・ファミリアの地下聖堂で眠り続けています。

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