120%観光を楽しむために!鎌倉の大仏について知るべき豆知識

鎌倉の大仏

奈良の大仏と並び称される鎌倉の大仏ですが、『鎌倉大仏の魅力』って何だと思いますでしょうか。

鎌倉の大仏と言えば、露座(屋根のない所に座っている)しているわけですが、それゆえに、季節の花とみせるお姿は本当に素晴らしいです。

今回の記事では、鎌倉の大仏を見に行く前に知っていると、観光が120%楽しむことができる情報をご紹介します。

目次

1.鎌倉の大仏について知るべき豆知識!大きさや特徴は必ずチェック

鎌倉大仏のチェックポイント①「奈良の大仏とはどっちが大きい?」

鎌倉大仏の像の高さ

11.3m

総高

13.35m

重量

121t

です。

奈良の大仏は、それぞれ14.98m、18.03m、250tなので、大きさでは奈良の大仏に及びませんが、幾多の戦火で焼け落ち、作り直された奈良の大仏に比べ、鎌倉大仏は造立当初の像の姿を保っています。

大仏殿の中に座っておられるか、露座かによって、人に与える大きさのイメージも違ってきます。

鎌倉大仏のチェックポイント②「口元はやさしく微笑」

鎌倉大仏の表情の特徴は、なんといっても口元にあります。穏やかな微笑をたたえていて、16世紀、ヨーロッパ諸国からやってきた旅行者は紀行文の中で「東洋的微笑」と褒めたたえています。

“かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな”

これは与謝野晶子が鎌倉大仏を詠んだ歌ですが、鎌倉大仏を美男と言い切っています。さすが晶子らしい歌ですが、美男な大仏にやさしく微笑みかけられたら、日ごろの悩みも吹っ飛ぶかもしれません。

鎌倉大仏のチェックポイント③「胎内拝観で、大仏の懐に!」

鎌倉大仏は像の内部を拝観できます。左下の穴から入ります。胎内拝観料は20円です。作った当時の木枠の跡などから760年前の技術を垣間見ることができます。

薄暗い内部にいると、不思議な感覚に包まれます。

鎌倉大仏のチェックポイント④「大仏の足にぴったりの大わらじ」

長さ1.8m、幅0.9m、重さ45㎏の大わらじが、高徳院境内、休憩所にかけられています。これは、鎌倉大仏の足にぴったりに作られています。

「大仏様がこれを履いて日本中を行脚し、万民を幸せにしてください」との願いを込め、茨城県の子供会が作り寄進しています。3年ごとに作り替えられています。

鎌倉大仏のチェックポイント⑤「大仏の後ろにある青銅製の板は、未完の蓮台」

歴史の項で詳しく書きますが、鎌倉大仏は、江戸中期に大掛かりな修復が行われました。

その際、大仏のまわりをぐるっと取り囲むような蓮台を作る予定でしたが、残念ながら完成したのは、今残っている4枚の連弁だけでした。

蓮台に取り囲まれた大仏を見てみたかったですね。

鎌倉大仏のチェックポイント⑥「大仏の姿勢が意味することは?」

鎌倉大仏を横から見たことってありますでしょうか。少し前屈みのように見えませんでしょうか。人によっては、「猫背」なんていう人もいますが、この姿勢はなぜでしょうか。

鎌倉時代の流行の仏像のスタイルであるという説もありますが、参拝者と目を合わせるためという説もあります。

確かに、あの高さでまっすぐ前を見ておられたら、下にいる参拝者が目に入りません。慈しみの心で、参拝者を見守ってくださっていると思う方がありがたさも増します。

鎌倉大仏のチェックポイント⑦「大仏の背中に大きな窓」

大仏の背中に、まるで羽のような窓が二つ開いています。これは、大仏鋳造の際、中の土や型を取り出すためのものでした。

現在は、胎内拝観時の明り取り窓の役目をしています。

2.鎌倉大仏の歴史を知ろう!建立から露座に至るまで

鎌倉大仏、歴史ポイント①「誰が造立を考えたか?」

鎌倉大仏が誰の発願、あるいはどのような経緯で建立されたのか、詳しいことはわかっていないのです。

しかし、一説によりますと、源頼朝夫妻が奈良を訪れた際に、奈良の大仏を見て感動し、鎌倉にも建てようと思いついたと言われています。

ただし、大仏が作られたのは、頼朝の死後です。

鎌倉大仏、歴史ポイント②「まず、木造の大仏が建つ」

1238年、浄光という僧によって、大仏建立のための勧進が始められました。この浄光という僧についても、事蹟がほとんど知られていません。

また、この僧一人だけで、こんな大きな事業を行うとは考えにくく、鎌倉幕府も関わっていたと考えるのが自然です。

しかし、「吾妻鏡」(鎌倉頼朝から第6代将軍までの将軍記)には、造立開始については書かれていますが、完成については言及がありません。

鎌倉大仏、歴史ポイント③「金銅製八丈の釈迦如来像が建つ」

1243年に初代の木造大仏の開眼供養が行われましたが、詳しくはわからないのですが、その後何らかの理由で木造大仏がなくなり、1252年、金銅製の大仏の鋳造が始まりました。

その際には、大仏を覆う大仏殿(堂)も作られました。

鎌倉大仏、歴史ポイント④「大風、地震、津波で大仏殿が倒壊」

「太平記」によると、1335年の大風で、「鎌倉大日記」によると1369年の大風で大仏殿(堂)が倒壊したと書かれています。

1369年の倒壊以降、大仏殿(堂)が再建されたという形跡は見当たりません。

実際、1486年に鎌倉大仏を訪れた禅宗の僧が、「大仏は無堂宇而露座」と書いています。

鎌倉大仏、歴史ポイント⑤「江戸中期の修復」

1369年以降露座のままだったので、大仏の荒廃は進みました。江戸時代中期に、祐天と養国という僧が、浅草の商人 野島新左衛門の喜捨により、鋳掛修復を行っています。

この時に、清浄泉寺高徳院という念仏専修の寺院を再興し、光明院の奥の院としました。

3.鎌倉大仏だけじゃない!高徳院の見どころも徹底解説

高徳院の見どころ①「大仏殿の礎石」

鎌倉大仏は、1369年以降露座ですが、創建当初から倒壊するまでは、大仏殿(堂)の中におられました。そのことは、平成12~13年の発掘調査で確認されました。

大仏のまわりには、大仏殿(堂)の礎石が残っています。当時、60基の礎石に支えられた高さ40mの威容を誇る建物だったと推定されています。礎石によって、当時の大きさに思いをはせてみましょう。

高徳院の見どころ②「仁王門」

参拝客を迎える山門です。18世紀初頭に別の場所から移築されました。中の仁王像も2016年に修復が完成し、堂々としたお姿を見せています。

高徳院の見どころ③「観月堂」

15世紀中ごろ、朝鮮王宮内に建築されたとされる建物ですが、大正13年に、山一合資会社社長によって寄進され、高徳院に移築されました。徳川秀忠ゆかりの聖観音像が安置されています。

高徳院の見どころ④「歌碑」

最初の章でご紹介しました与謝野晶子の歌碑ですが、その歌碑に刻まれた文字は、与謝野晶子の筆跡です。ほかに、金子薫園、星野立子、飯室謙斉の歌碑・句碑があります。

この4つは、与謝野晶子(夏)、金子薫園(秋)、星野立子(冬)、飯室謙斉(春)と四季の歌になっています。また、高徳院の裏の墓地に吉屋信子の句碑が立っています。

高徳院の見どころ⑤「季節を彩る花々」

鎌倉大仏のまわりには季節を彩る花々が植えられています。春は桜、つつじ、初夏から夏にかけてはセンダン、紫陽花、秋にはモミジ、銀杏がその美しさを誇ります。

それぞれの季節の花々を背景にした鎌倉大仏は、見るものを魅了します。

4.最後に基本情報まとめ

高徳院の鎌倉大仏拝観料、拝観時間など

拝観料

一般、中・高生 200円、小学生 150円

大仏胎内拝観料

一名当たり20円

拝観時間

4~9月

午前8時~午後5時30分

10~3月

午前8時~午後5時

入場は、閉門15分前まで

鎌倉大仏の魅力を十分お伝えすることができたのでしょうか。

人々をひきつけてやまない鎌倉の中にあって、そのランドマークともいえる鎌倉大仏ですが、年月を経て、風雨にさらされてきたものにのみ与えられる美しさと威厳を見にお出かけください。

広々とした屋外にあるからこそ、季節の移ろい、鳥の鳴き声、頬をなでる風のやさしさとともに、大仏の慈愛に満ちたまなざしに触れてください。

現在に生きる私たちの日常の疲れを浄化してくれることでしょう。

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