日本三景の松島で必ず訪れたい!観瀾亭の歴史や見どころを紹介

松島

日本三景の一つでもある松島に訪れたことはありますでしょうか。

松島にはたくさんの人気観光スポットがたくさんありますが、もし訪れる時期や時間を調整できるのであれば、「観瀾亭」は他の観光スポットとは違った味わいを得ることができます。

今回の記事では、そんな観瀾亭について紹介しています。

1.観瀾亭を観光する前に知っておきたい予備知識まとめ

観瀾亭は松島のどこにあるの?

松島には観光スポットがたくさんありますが、観瀾亭はうっかりすると素通りされてしまいがちな場所にあります。

観瀾亭は松島の観光スポットで有名な瑞巌寺や五大堂の近くにありますが、道路がカーブになっているところの小高いところにあり、目指していかないと素通りしてしまいます。

観瀾亭は瑞巌寺の正面入り口と観光遊覧船が出る案内所の近くで、国道の信号機付近から小高いところを見るとすぐ近くにあるのが分かります。

観瀾亭はいつの時代でどんな建物?

観瀾亭は伏見桃山時代の建物で、なんと豊臣秀吉が伏見桃山城の庭園に建築していた茶室で、伊達政宗が江戸品川の藩邸に移築した建物です。

その建物を江戸品川の藩邸から二代藩主伊達忠宗が一木一石変えず、船で松島まで運び海に面した場所に移築した木造平屋建ての建物です。

建物は東西に向き内部は18畳の部屋が2室あり、中でも御座の間には床の間や襖、障子には金箔や極彩色豊かな障壁画が描かれています。

江戸時代には観瀾亭の敷地内に11棟の建物があり大規模な施設でした。

伏見桃山城の茶室がどうして松島にあるの?

当時の仙台藩主であった伊達政宗が江戸時代に豊臣秀吉から譲り受けた茶室を江戸品川に移築し藩邸として使用した建物を仙台藩2代藩主伊達忠宗が松島に移築しました。

松島は伊達政宗の位牌寺である瑞巌寺や、政宗の正室愛姫の菩提寺があるなど伊達家に縁の深い土地であり、風光明媚な場所であるため松島に移築されました。

移築後は幕府から巡視などできた人達を松島湾内の遊覧、宿泊や休憩などでもてなす建物として、また伊達一族の宿泊や休息などで利用されていました。

観瀾亭と名前がつけられた理由は?

江戸から松島に移築された当初には、仙台藩主が納涼観月の亭として利用していたことから、「月見御殿」と称していました。

その後5代藩主伊達吉村によりここから見える景色は月だけでなく松島湾内のさざ波が見えることから「観瀾亭」と名付けられています。

2.観瀾亭での見どころ、体験できることを事前チェック

観瀾亭を訪れた時に是非見てほしいところや体験してほしいことがありますので、後悔しないよう事前にチェックしておくことが必要です。

観瀾亭の見どころ①「御座の間」

御座の間は藩主等の賓客の間であり床の間、襖、障子腰板に金箔を張り付け、極彩色で画かれた障壁画があります。

観瀾亭の見どころ②「障壁画」

障壁画は桧と槙・笹竹等を中心に林木花卉と渓流の構図となっており仙台藩の狩野派絵師である狩野左京一派が描いたものとされています。

大きさは床貼付3面・襖貼付6面、また紙本金地著色笹図として障子腰貼付12面で構成されています。この障壁画は江戸時代初期の金碧障壁画の遺構として1980年に国指定重要文化財に指定されています。

観瀾亭の見どころ③「御座の間の額」

御座の間には5代藩主伊達吉村筆の「雨奇晴好」や、7代藩主伊達重村筆の「観瀾」の額が掲げられています。

観瀾亭の見どころ④「松島博物館」

観瀾亭の敷地内にある松島博物館は、江戸文化の中にこれまでの様子とは多少趣を変える伊達文化といわれる異色な大名道具や伊達家伝来の什宝物や、武具、装身具、化粧道具、書画が陳列されています。

その中でも仙台城本丸大広間上段の壁貼付画であった「鳳凰図」は宮城県の重要文化財に指定されています。

その他に空から見た松島を正確な5千分の1にした立体模型にした松島のジオラマもあります。

観瀾亭の見どころ⑤「どんぐりころころの歌碑」

また観瀾亭の敷地内に童謡「どんぐりころころ」の歌碑があります。

松島