川床(かわどこ)の予約電話に「ゆかでよろしいか」と聞き返す京都人。“いけず”なイメージに聞こえますが、実はそこには京都人特有の地元愛が込められているのをご存知でしょうか。
「川床」発祥の地京都の歴史と文化に裏打ちされた自信が、「ゆかと呼んで欲しい」という思いとなって口からでてしまうのです。
では、そもそも「川床(ゆか)」はいつ頃から始まったのでしょうか。歴史や言葉の違いから、おすすめの店、時期なども含めてご紹介しましょう。
1.川床とは?
京都鴨川納涼床、いわゆる川床もあと3日ほどになりました。最近肌寒くなりましたもんね。川床はまた来年。
2018.9.27 撮影 pic.twitter.com/Rza11Psm7G
— MKタクシー (@MKofficial_PR) 2018年9月27日
鴨川納涼床は夏の京都の風物詩です。たくさんのお料理屋さんが川の上であったり、屋外で川のよく見える場所に座敷を作ったりして料理を楽しむことです。
鴨川右岸沿いにずらりと並ぶ様子に、暑い夏をなんとか涼しく過ごそうとした京都人の知恵が息づいています。
「川床(かわどこ)」とひとくちで言えば京都だけの専売特許ではありません。清流の上に床を設けて、食事をするのはどこででも見かける風景です。
ところが、「川床」と聞いてと京都をイメージする方が多いのは、その長い歴史と鴨川で磨かれた京都文化への憧れがあるのかもしれません。
2.川床の歴史について
応仁文明の乱など長い戦乱が終わり、豊臣秀吉によって平和な時代が訪れました。秀吉による三条や五条橋の架替えから始まった鴨川整備。
裕福な商人たちが河原に床几(しょうぎ)を持ち出しにぎわいを見せ始めました。
江戸時代になり歓楽街や花街が更に整備され、鴨川沿いには400軒を超える茶屋があふれ、張り出し式の床机を並べた「河原の涼み」と呼ばれる文化が生まれました。
明治時代になってからは祇園会(祇園祭)の行われる7・8月に床を出すのが定着し、河川の改修や電車の延伸などによって、現在と同じ西側(右岸)だけの川床(ゆか)となっています。
3.「ゆか」と「かわどこ」の違いについて
京都で「川床」と書くと「鴨川納涼床」「貴船の川床」が有名です。京都では鴨川納涼床のことを「ゆか」と呼び、貴船では「かわどこ」と呼び習わしています。
理由については諸説あるようですが、鴨川では江戸時代にすでに「床」を「ゆか」と呼んでいたそうです。