東京との違いで知れる「大阪の文化」食事や笑い、生活習慣まで

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大阪の桜餅は、もち米で作った生地で団子のようにあんこを包み込みます。

大阪と東京の食文化の違い④「玉子焼」

東京風の玉子焼は、砂糖を使った甘い味付けのものが一般的です。

大阪風の玉子焼は、出汁をきかせて塩味を付けたものが一般的です。

大阪と東京の食文化の違い⑤「ソース」

東京では、トンカツもお好み焼も焼きそばも、『ブルドッグ』の中濃ソース一つでまかないます。

大阪では、ウスターソース、とんかつソース、お好み焼きソース、焼きそばソースなど、食べ物によってソースを使い分けます。

3.大阪で「笑い」の文化が根付いたのは歴史的必然だった?!

大阪人が二人寄ると日常会話が漫才に聞こえると言われるように、大阪は暮らしの中に「笑い」が根付いた土地柄です。

では、なぜこのような風土になったのでしょうか。一説によると社会の成り立ちと関係が深いと言われています。

18世紀初めの大阪は人口40万人のうち武士は1%に過ぎず、圧倒的な町人社会でした。

そして全国から物産が集まる「天下の台所」大阪では、必然的に商売に携わる人が多く、互いがにこやかにコミュニケーションを図ろうとの意識が強くなります。

まさに「商は笑なり」で、大阪で笑いが生活の一部となったのは当然と言えるでしょう。ちなみに同時期の江戸は、人口100万人のうち武士が半数を占める武家社会でした。

当時の武士は「3年に片えくぼ」、即ち3年に片頬が少し凹む程度に笑えば十分と言われていました。武張っていないと体面が保てないというわけです。

4.落語の歴史に見る大阪と東京の「笑い」の文化の違い

落語が誕生したのも江戸時代ですが、大阪(上方落語)と東京(江戸落語)では背景がかなり異なっており、そこから笑いに対する文化の違いも生じているようです。

上方落語は神社・寺社の境内や河原などの屋外で行われ、お代は噺(はなし)を聞き終わった後に集めて回る後払い制でした。

そのため往来で道ゆく人の足を止めて噺を聞かせ、お代を取るために最後まで客を満足させる気構えが必要でした。

貪欲に笑いを取ろうとする大阪芸人の基本姿勢は、こうした歴史的な土壌が背景となって育まれたのかも知れません。

一方の江戸落語は、ごひいき筋に招かれるお座敷芸として発展しました。聞き手も笑いだけではなく物語を楽しもうという姿勢で臨んでおり、お代も前払い制でした。

爆笑より「粋」を重んじる東京の演芸スタイルは、こうした土壌に根付いたものと言えるでしょう。

5.まとめ

いかがでしたでしょうか。

他にも雛人形の男女の位置が逆、畳の大きさやポリタンクの色が違う(東京は赤、大阪は青が主流)など、東西の生活文化には細かな違いがあります。

大阪にお出かけの際は、そんなちょっとした違いに目を向けると楽しみが増すかも知れません。



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