節分とは何か?由来や豆まきの意味、鬼、起源などを徹底紹介

節分とは

幼稚園や小学校の図工で鬼のお面を作ったことはありませんでしょうか。鬼のお面をかぶった人に、節分の豆を投げた思い出がある人も多いでしょう。

今回の記事では、節分とは何か?由来や豆まきの意味、鬼、起源など気になる疑問を紹介しています。ぜひ参考にしてください。

1.節分とは何か?

節分とは、読んで字のごとく、「季節を分ける」という意味です。節分とは、各季節の始まりの日(立春、立夏、立秋、立冬)の前日ことをいいます。

季節の変わり目には、邪気が入り込むと昔の人は考えたため、それを追い払う行事を行いました。

昔の日本では、春は一年の始まりとされ、特に大切にされました。江戸時代以降は、節分と言えば、特に立春の前日を指すようになりました。

旧暦では、立春が新年の初めの日、その前日は今でいう大晦日に当たります。一年の最後の日に、邪気を追い払い、良い新年を迎えるための準備の日という意味がありました。

2.節分っていつなの?

節分は立春の前日ということはわかりました。では、「節分はいつ?」に対する答えを、2月3日と答える人がいるかもしれません。残念ながら、その答えは間違いです。

確かに、ここ10年以上、ずっと2月3日でしたが、年によれば、2月2日になったり2月4日になったりすることもあります。

つまり、旧暦は天文学上のもので、地球の公転周期(365.24日)とのずれが節分などの旧暦の暦が年によってずれる理由です。毎年少しずつずれています。

つまり、節分=2月3日に固定されているわけではないということは覚えておいてください。

3.節分に豆をまくのはなぜ?

邪気を追い払うために古くから豆まきの行事は行われていました。一番古くは室町時代に行われたという記録があります。

昔の人は、豆=穀物は、生命力と魔除けの力を持っていると考えていました。同時に、まめは、「魔目(まめ)」を鬼の目に投げて鬼を滅する(魔滅=まめ)に通じることから行われました。

ちなみに、豆まきの豆は、生の豆ではなく煎った豆を使いますが、「豆を煎る」は「魔の目を射る」に通じます。

4.節分の由来ってなに?

大昔、中国では、大晦日に「追儺(ついな)」という行事がありました。桃の木で作った弓矢で鬼を追い払う行事です。

これが奈良時代に日本に伝わり、平安時代に宮中行事に取り入れられました。その行事の「豆打(まめうち)」の名残が今の豆まきとして伝わっています。

ちなみに、奈良の興福寺では、2月3日に、「追儺会(ついなえ)」、またの名を「鬼払い式」という行事があります。

三匹の鬼によるユーモラスな鬼払い式と福豆まきが行われます。

5.節分の鬼ってなんのこと?

昔の人は、季節の変わり目には邪気が生じると考えていたため、季節の変わり目=節分に邪気を追い払う悪魔祓いの行事を行いました。

節分の鬼とは、その邪気のことです。つまり、形の見えない災害、病、飢饉など、人間の想像を超えた恐ろしい出来事はすべて鬼の仕業だと考えていたのです。

そのように「目には見えない、この世のものでない」という意味の「隠(おぬ)」が転じて、「おに」になったようです。

昔の人にとって、自分たちでコントロールできないものは本当に恐ろしかったのでしょう。

6.最後に

節分の豆まきといえば、「福は内、鬼は外」と言いながら、豆をまくのが一般的だと思ってらっしゃるかもしれませんが、各地によってバリエーションがあります。

鬼子母神を祀っている真源寺では、「福は内、悪魔外」と言います。奈良県吉野町の金峯山寺では、役行者が鬼を改心させて弟子にしたので、「福は内、鬼も内」と言うそうです。

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