日本を代表するファストフード!寿司の歴史をわかりやすく紹介

寿司 歴史

お祝い事などのおめでたい席や来客時を彩るごちそうにもなれば、お手軽なランチメニューにもなる寿司は、日本人にとっては国民食とも言えるほどの身近な存在です。

今回の記事では、日本を代表するファーストフードである寿司の歴史についてご紹介します。

1.寿司は現在に至るまでに、どのような歴史を辿ったのか

寿司の歴史① 魚介をご飯と塩で発酵させる「なれずし」が元祖

寿司と言えば多くの人が「握り寿司」をイメージするでしょうが、歴史的に見ると大きく二つの流れに分類されます。

一つは握り寿司のように酢飯と生の魚介を使った「早鮨/早寿司(はやずし)」、もう一つは魚介をご飯と塩で発酵させた「熟れ鮨/馴れ鮨(なれずし)」です。

そして後者こそが日本の寿司のルーツと考えられており、紀元前4世紀頃に東南アジアで生まれ、中国を経て平安時代に日本へ伝わりました。

「なれずし」は、米や麦などの穀物に鮎や鮒などの具材を漬け込んで乳酸発酵させて作ります。

乳酸発酵によって穀物のデンプンと糖質が分解されてドロドロになり、その際に乳酸菌が酢酸などを生成し酸味と旨味が生まれます。

鮨が魚へんに旨いと書かれるように、「なれずし」は発酵による酸味と凝縮された旨味が持ち味です。

今でも滋賀の「鮒鮨/鮒寿司(ふなずし)」、石川・富山の「かぶら寿司」、秋田の「ハタハタ寿司」、北海道・東北の「飯寿司(いずし)」などの郷土料理が「なれずし」の流れを受け継いでいます。

寿司の歴史② 酢の酸味で手早く作る「はやずし」が登場

現代人にもおなじみの寿司の原型が登場したのは室町時代です。

なれずしは、具材とご飯が発酵・熟成してドロドロになるまで数ヶ月かかるため、待ちきれずご飯が原型をとどめている間に食べる人が増えてきました。

そこで乳酸発酵による酸味を手早く代用するため、酢をご飯に混ぜた酢飯(すめし)が使われるようになったのです。こうして生まれた鮨が「はやずし」でした。

酢を用いて手早く作る「はやずし」の登場は、やがて木型に酢飯と具を重ね入れて作る上方の「押し寿司」や、江戸前の「握り寿司」へと発展していくことになります。

寿司の歴史③ 屋台で食べる「握り寿司」が江戸で大流行

握り寿司の誕生には諸説ありますが、最も有力なのは、文政年間(1818〜1831)に華屋与兵衛という江戸の料理人が発明したという説です。

両国一丁目に建つ「与兵衛鮨発祥の地」の碑文によると、はじめは岡持に鮨を入れて売り歩いていましたが、評判を呼ぶようになって屋台を出し、後には店舗を開くほどになり、殺到する注文に追いつけない繁盛ぶりだったそうです。

そして與兵衛は、江戸前寿司ならではの技法の草分けでもありました。

冷蔵技術がない中、酢や塩で締める、煮る、タレに漬け込むなど、生魚に加工を加え日持ちがする工夫を施したのです。魚介の生臭さを抑え、かつ毒消しにもなるワサビを挟むことを考案したのも与兵衛でした。

当時川柳で「妖術と いう身で握る 握り寿司」と歌われたほど、妖術使いのように素早く握って出す握り寿司はせっかちな江戸っ子たちに大ウケし、市中の至る所で寿司の屋台が庶民の胃袋を満たしました。

鮨の字が「寿司」になったのもこの頃で、「寿を司る」という縁起の良さそうな当て字は、験を担ぐ江戸っ子の財布の紐を緩ませたことでしょう。

ちなみに当時の握り寿司のサイズは今のテニスボール並みで、具を乗せたおにぎりのようでした。その後、食べやすくするため二つに切って出されるようになり、それが元で寿司は二貫ずつ供されるようになったと言われています。

2.その他の主な寿司の歴史を総まとめ

2-1 箱寿司(大阪寿司)

木の箱を使い、押して作る大阪名物の寿司で、天保12年(1841)創業の老舗吉野寿司の三代目が考案しました。

穴子、厚焼き玉子、小鯛、車エビなどを丹念に仕込み酢飯の上に敷き詰めた様式美は、「二寸六分の懐石」と称されています。

2-2 いなり寿司

江戸末期の書物「守貞謾稿」(もりさだまんこう)に、「天保末年(1844)、江戸で油揚げの一方を割いて袋型にし、キノコやかんぴょうを刻んで混ぜた飯を中に入れ鮨として売り歩く。

名付けて稲荷鮨、あるいは篠田鮨」との記述があり、これがいなり寿司に関する最古の史料とされています。

2-3 巻き寿司

「巻鮓(まきずし)」の文字は、寛延3年(1750)に刊行された「料理山海郷」に初めて見られ、翌年刊の「新撰献立部類集」にも「すだれに浅草海苔、フグの皮、または網を敷いて上に飯を置き、魚を並べて、すだれごと巻く」と、今日とほぼ同じスタイルの巻寿司が描かれています。

最後に

「五目寿司」と「ちらし寿司」の歴史について紹介します。

「五目寿司」は、江戸前期に岡山藩主が出した倹約令「一汁一菜令」に対し、庶民たちが具材を細かく切ってご飯にこっそり混ぜたのが始まりとのことです。

一方の「ちらし寿司」は、江戸後期に寿司職人がまかない飯として、魚の切れ端などを酢飯に乗せて食べたのが始まりだそうです。

そのため酢飯に具材が混ざっているのが五目寿司、混ざっていないのがちらし寿司です。寿司の席でのちょっとした“ネタ”にどうぞ。

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