日本を代表するファストフード!寿司の歴史をわかりやすく紹介

寿司 歴史

そして與兵衛は、江戸前寿司ならではの技法の草分けでもありました。

冷蔵技術がない中、酢や塩で締める、煮る、タレに漬け込むなど、生魚に加工を加え日持ちがする工夫を施したのです。魚介の生臭さを抑え、かつ毒消しにもなるワサビを挟むことを考案したのも与兵衛でした。

当時川柳で「妖術と いう身で握る 握り寿司」と歌われたほど、妖術使いのように素早く握って出す握り寿司はせっかちな江戸っ子たちに大ウケし、市中の至る所で寿司の屋台が庶民の胃袋を満たしました。

鮨の字が「寿司」になったのもこの頃で、「寿を司る」という縁起の良さそうな当て字は、験を担ぐ江戸っ子の財布の紐を緩ませたことでしょう。

ちなみに当時の握り寿司のサイズは今のテニスボール並みで、具を乗せたおにぎりのようでした。その後、食べやすくするため二つに切って出されるようになり、それが元で寿司は二貫ずつ供されるようになったと言われています。

2.その他の主な寿司の歴史を総まとめ

2-1 箱寿司(大阪寿司)

木の箱を使い、押して作る大阪名物の寿司で、天保12年(1841)創業の老舗吉野寿司の三代目が考案しました。

穴子、厚焼き玉子、小鯛、車エビなどを丹念に仕込み酢飯の上に敷き詰めた様式美は、「二寸六分の懐石」と称されています。

2-2 いなり寿司

江戸末期の書物「守貞謾稿」(もりさだまんこう)に、「天保末年(1844)、江戸で油揚げの一方を割いて袋型にし、キノコやかんぴょうを刻んで混ぜた飯を中に入れ鮨として売り歩く。

名付けて稲荷鮨、あるいは篠田鮨」との記述があり、これがいなり寿司に関する最古の史料とされています。

2-3 巻き寿司

「巻鮓(まきずし)」の文字は、寛延3年(1750)に刊行された「料理山海郷」に初めて見られ、翌年刊の「新撰献立部類集」にも「すだれに浅草海苔、フグの皮、または網を敷いて上に飯を置き、魚を並べて、すだれごと巻く」と、今日とほぼ同じスタイルの巻寿司が描かれています。

最後に

「五目寿司」と「ちらし寿司」の歴史について紹介します。

「五目寿司」は、江戸前期に岡山藩主が出した倹約令「一汁一菜令」に対し、庶民たちが具材を細かく切ってご飯にこっそり混ぜたのが始まりとのことです。

一方の「ちらし寿司」は、江戸後期に寿司職人がまかない飯として、魚の切れ端などを酢飯に乗せて食べたのが始まりだそうです。

そのため酢飯に具材が混ざっているのが五目寿司、混ざっていないのがちらし寿司です。寿司の席でのちょっとした“ネタ”にどうぞ。



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