徳川慶喜について簡単紹介!どんな人で何をしたのか3分まとめ

なぜ争っていたのか?

それは、江戸幕府に対して不満を持つ人が多く、時代を変えたいと思っていたからです。

実は、そんな混乱している日本を狙って「もっと日本がごちゃごちゃして弱ったら、植民地化してしまおう!」と外国は考えていました。

それを知った徳川慶喜は「このままではまずい!日本人同士で争ってる場合じゃない」ということで、「そもそも政権を返しちゃえば、この江戸幕府と新政府軍の争いはなくなるのでは?」と考えたわけです。

そして、武士の時代を終わらせることになった「大政奉還」が行われたのです。

大政奉還後に慶喜はどうやって過ごしてたの?

徳川慶喜は1867年の30歳の時に大政奉還を行い、その翌年には江戸城を明け渡して江戸を去ります。

そして1913年に風邪と肺炎で亡くなります。なんと76歳まで生きたのです。

江戸を去ってから、何をしていたのか気になりますよね?

敗軍の将軍として謹慎を命じられ、水戸にある弘道館に20年ぶりに戻ったり、静岡で隠居生活したりなど、ひっそりと余生を過ごしたそうです。

慶喜は趣味が多く、絵画や写真、弓道、サイクリング、手裏剣にいたるまで、自分の好きなことに没頭していました。